ひとりごと

意味があったりなかったりします

ごみ

ごみがごみになるときはいつなんだろう。

ごみって何なのかな?と聞かれたら、「不要なもの、いらなくなったもの」と答えると思う。「必要なもの」の反対だ。

普段、仕事で超音波検査をしていて「ごみがごみになる瞬間」を何度も目撃している。お腹にぬったエコージェルを拭き取るとき、おしぼりや、ティッシュやペーパータオルを使う。今の施設ではペーパータオルでさっと全体を拭いた後、受診者さんにおしぼりをお渡しして拭いてもらうスタイルをとっている。お腹がベトベトしたままでは気持ち悪い。このときは確実にペーパータオルを欲している。ものすごく欲しい。ないと困る。ストックが切れていると慌てるほどだ。

しかし、完全にジェルを拭き取りお腹がすっきりすると、途端にそのペーパータオルは不要になる。すぐにゴミ箱に捨てる。必要なものが不要になる瞬間だ。

ペーパータオルはずっとペーパータオルだ。違いはジェルが付いているかいないかだけ。

鼻水をかんだティッシュも同じだと思う。例えば花粉症で、水のようにたれてくる鼻水をあなたが”持参”しているとき、ティッシュは必要なもの。ものすごく必要。それなのに、鼻水がついた後は、瞬時に不要なものになる。ものすごく不要。ごみになる。ごみと呼ばれるようになるし、ゴミ箱へ入れられる。ティッシュティッシュなのにね。

ジェルのついたペーパータオルや、鼻水のついたティッシュは必要とされることはないと思うけれど、最も必要とされた時から数秒で最も必要とされなくなる運命は、何となく哀しく寂しさを覚えてしまう。

もしもボックスティッシュに生まれ変わるなら、最も底にあるティッシュになりたいと思っている。理由は二つある。一つは、生きている時間を延長できるから。もう一つは、ティッシュの中でも最後の一枚は最も必要とされると思うから。

最も人から欲してもらった後にはすぐに「ごみ」という名前がつけられてしまうのをわかっていても、必要とされたい、という欲が強いなんて、どれだけ人に依存しているんだろうと感じる。必要とされたいからペーパータオルやティッシュが人に近づいているわけではないと思う。必要か必要じゃないかなんて、はたまた「ごみ」と名前がつくことなんてきっと彼らは考えていない。気にしてもいない。必要なものか、それともごみなのかの答えの正解は、どちらでもない。ペーパータオルは最後までペーパータオルだ。

ペーパータオルの言い方を変えるような人よりも、ペーパータオルのように生きていたい。

 

2025.7.19

夕暮れ

小学生の時の通学路は長かった。小学校まで片道4キロ弱。

家を出てすぐに現れる通学路は、もともと舗装されていない農道だった。

川沿いのその道を車一台走れるくらいの幅に応急処置のようなコンクリート舗装をし、わずかに歩きやすくなった道を、右手に見える畑や正面に広がる山々を見ながら、瞑想をしているかのように足だけ動かしていた。小鳥の三度に一度起こる不規則な鳴き声も聴こえているけれど、毎朝同じような鳴き方だと、それが規則正しくなり空気と同じようなものになっていた。

草の匂いや雨が降った後の土の感触、風が頬にあたるくすぐったさ、木々の濃淡の違い、カラスの鳴き声。

五感は豊かだった。人工のものがないから。

 

夕方帰宅した後、しばらくして再度通学路を歩くのが日課だった。

父を迎えに行くからだ。仕事から帰ってくる父の車を家から数百メートルのところで捕まえて、兄弟で父の車に乗って帰る。そんなことを毎日していた。

わずか数百メートル。もうすぐ帰ってくる、という時間を見極めて家を出て通学路を歩く。

夏は日が長いから明るさが残っている夕暮れの時間が愛おしいほど好きだった。畦道のような通学路。毎朝何も考えず身体が勝手に動いて小学校に向かっていく時と違って、いつ車が来るかな、とわからないものを心に留めて置きながら歩いていくのが楽しかった。

黒いステップワゴンがやってくると、必ずいつかは来るとわかっているはずなのに、毎日楽しんでいた。ボーリング場にあるボールリターンのように黒い車が現れる。繰り返していても飽きることはない。車を捕まえて乗る場所がわずかに毎日違っていたり、いつやって来るかわからないけれど必ずいつかは来るという、信念を握りしめて歩いていたのが夕暮れどきだった。

今となっては夕暮れの涼しさを感じられないのが寂しいのはあるけれど、通学路が元々あった自然に還りつつあるのが寂しいような、けれども本来は人間や車が通る通学路ではなかったのではないかなと思うと、夕暮れの切り取られた贅沢な時間そのものが、化石のようになればそれはそれでいいのかなとも感じている。

 

2025.6.14

 

半紙に書かれた「十」の文字

25年ぶりに会った小学校のときの担任の先生が、束になった当時の写真を持ってきてくれた。

その中の一枚にクラスの集合写真があった。

3年1組35人、プラス先生で。教室の後ろ側に全員で並んだ写真だった。

後ろの黒板には、今月の予定が先生の丁寧な字で書かれていたり、子どもがチョークで描いた絵があった。

黒板周りから天井近くにかけての壁には、子ども一人一人が書いた習字が一面に貼られていた。

墨で半紙に書かれた文字は「十」。

縦と横の二画。とてもシンプル。

それなのに、同じ「十」はたった一枚もなかった。

複雑な文字ではないのに。同じものを書いていて、どれを見ても確かに「十」なのに、それぞれは違う。

全てが正しく、全て違う。おもしろいなと感じた。

 

今、最寄り駅まで歩いている。

近くの公園を通りすぎると、大きな木の葉が風に揺られて気持ちよさそうだった。

この木の名前はなんだろう。わからないから「木」として認識してしまう。誰かに話すときにも「公園の「木」がね、、」と伝えると思う。

 

でもきっとあの木は、ケヤキイチョウモクレンクスノキだったりするのだろう。

全部「木」ではあるけれど、名前が違う。葉っぱの形や幹の太さや背丈も違う。咲いた花を見ればきっと全然違う。それでも「木」とひとくくりにまとめて言ってしまっている。ほんとは違うのに。

 

さらに歩いて行くと3台の自転車にすれ違った。

それぞれの自転車も車輪の大きさ、ハンドルの形、サドルの高さが違っていた。目には見えないけれどきっと付属している機能も違うんだと思う。

 

言葉は効率的に社会を回したり、意思疎通に便利だから使われている。多少の見た目が違っても同じ言葉で表すことができる。

でも実際は同じものではない。現実は、昔も今もずっと混沌としている。

「十」は「十」であるけれど、同じものではなくて、全部が違うものとして在ることを教えてくれた気がする。

 

言葉に頼りきって侵食されないように、違いの宝庫の海の中にいることを忘れないようにしたい。

文具店

商店街の一角に、昔ながらの小さな文具店がある。

 

いつでも賑わっている商店街。古いお店が閉店しては新しいお店ができ、テナント募集の貼り紙も所々に見かける街。

 

またすぐに、流行りの洗練された新しいお店ができるんだろうなと、新店に興味がありつつも、老舗が薄れていく感覚はどことなく寂しい。そんな気持ちを抱えながら毎日のように商店街を歩いている。

 

文具店は、他店と比べると薄暗く、白髪の老人を思い浮かべさせる店構えだ。

周りが白を基調としたスタイリッシュな店や、カラフルでいかにもSNS映えしそうな外観や内装の店があるから、コンクリートの床で奥に進むほど暗くなってゆく見た目は、失礼ながらも廃れていく感覚がぬぐえない。

入口から中を覗くと、出口のないトンネルのようだ。

 

外観も内観もお世辞にも光とは言えない文具店ではあるが、私はその場所を気に入っている。

 

 

必要に迫られ「原稿用紙」を買うことになった。

私は何でもスマホひとつで完結させる。1万文字ほどの書き物も、思考の整理も、ちょっとしたメモも。

手書きで紙に書くということはほとんどなくなった。

あるテーマを書く時に原稿用紙がどうしても必要で、デジタルとは遠く離れたようなこの文具店に入った。原稿用紙が確実に置いてあるような、昭和レトロ感のある商店と言い表すのが相応しい。

 

その場でもう一つ買い物をした。

結婚祝いの祝儀袋を探していた。

ふと、この店で買いたいと思ったからだ。お会計のとき、店主さんが購入したものに対して、一言会話を投げかけてくれるのだ。

 

その会話が欲しかった。

原稿用紙と祝儀袋を抱え、レジ前に向かう。店主さんは電卓を叩き、私は現金でトレーの上に小銭を置く。

そんな一連の動作をしながら、

「和紙のご祝儀袋、綺麗ですよねぇ」

店主さんが声を発した。

 

友だちの結婚式で、と会話のキャッチボールをしながらお会計が進む。

 

深い黄緑色の落ち着いた和紙をベースに、煌びやかな施しがされている袋。とても美しかった。

 

店主さんは、購入するものに対して必ず一言添えてくれる。それもお客さんも店主さん自身も喜ぶような。

和紙で丁寧に作られた祝儀袋はほんとうに美しかった。

店主さんの一言で、ここで売られている品物はどれも特別好きになるようにできている。

 

出口のない真っ暗なトンネルを入った先には、寒い冬に暖をとるような場所だった。

だからこの文具店に入るのをやめられない。

 

2022.10.27

日記

知らない人の日記を心ゆくまで読みたくなるときがある。

このようにネット上にあがっているものは、星の数ほどある日記から見つけられれば読むことはできる。(それでも出逢わなければ読めないけれど)

しかし、手帳やノートに手書きで日記をつけている人のものは、どうしたって読むことができない。

それを読むには手順がいる。

手順とはとてもシンプル。はじめに、お会いした人に日記を書いているか聞く。次に、読んでもいいかと、許可をとる。それだけなのだ。

そこで交渉が上手くいったところで、その人の日記を読みたいかというと、読みたいとはあまり思えない。

交渉しているということは、その人に会っているからだ。会ったことのない知らない人の日記を読みたいという目的からずれてしまっている。

顔も知らない、声も知らない、そんな一人の人間が、確実に同じ世界で1日を生き、生活しているということを、日記を読むことで感じたい。

ごく普通の、(普通というのは、その人にとっての普通のこと)生活を垣間見て、どんなものを見て、聴いて、どのように感じているのかを知りたい。

言葉という道具を持っている人は、話せば心の中が少しだけわかる。顔を持っている人は、表情で心の中を少しだけ覗くことができる。

こんなに人が多い東京にいて、何百人もの人とすれ違っているはずなのに、知らない人の日記を読みたいという欲望は、深く人付き合いができていないことの表れなのだろうか。

個人単位では良いお付き合いができている人が多いと思うけれど、俯瞰してみるとどうなのだろうか。

何をみて、どのように感じているかを知るには、外側へベクトルを向けていくことが大切だと思う。両開きドアが閉じている人が多いから、言葉での会話も、顔での表情もどこか物足りなく感じられるのだろう。だから日記を求めてしまうのだ。

知らない人の日記を読むこともしたいし、私のドアは全開に開いて、街で知らない人の日記を読んでいるときと同じ感覚に浸りたい。

 

2022.10.10

栗のパフェ

フルーツは宝石のようにキラキラしている。

赤、黄、白、オレンジ、黄緑色。色とりどりな透き通ったキューブ状の結晶は、五感を喜ばせてくれる。

私はフルーツを愛している。

 

フルーツを求めるときは、身体と心が強張っているときが多い。

良いときと悪いときの手持ちの振り子が、悪いときに振れているとき、それがなかなか良いときに振れてくれないとき、フルーツパーラーへ行く。

『いちごは心の平穏をつくる』としたり顔で言う私に付き合ってくれる、気前がいい友人を連れて。

 

10月朔日。秋。

季節限定に弱いのは、有限の命をもった生命体だからなのか。

今の時期にしか食べられないから食べて!とコロンと可愛らしい栗たちに言われてしまえば、頼まざるを得ない。

 

小布施栗のパフェが、立派なタワーのように目の前にやってきた。

栗づくし。今回のパフェの王様である、栗たちのほかに、バニラアイスクリーム、ホイップクリーム、栗のジュレ、ウエハースなど。

 

半日の仕事を終えて、お昼ごはんの代わりに冷たくて甘い栗のパフェを友だちといただいた。

 

「おいしいね」

 

自然と口元が綻んできて、すっと心が軽くなる。

重い心をもった身体でいるときは、喋ると楽になるというけれど、そうとも限らない。

 

「おいしいね」

 

友だちは呟くわけではなく、同意を求めるわけでもなく、激しく感動している感じでもなく、淡々としているわけでもない。

ただ、食べ始め、食べ途中、食べ終わりと定期的に「おいしいね」と語る。

 

「うん、おいしいね」

 

私は目の前の、心の救世主である栗のパフェを食べて答えた。

 

抱えきれないこと、どこから手をつけたらいいかわからないこと、曖昧で答えが出ないことを持ち続ける不快感があると、それを他者に話すことで外に出して楽になることもあるかもしれない。

 

けれど、食べたものを「おいしいね」と言えたら、今の幸福を逃さず味わっていることになる。

 

栗のパフェだけが救世主じゃない。

「おいしいね」が口から溢れたら、心はどこかに行っていない。心は今の時間と一緒にそこにあるからきっと大丈夫。

 

抱えきれないものは栗のパフェの中には入っていない。栗のパフェには「おいしいね」しか詰まっていない。

その「おいしいね」に集中しよう。余分なものが削ぎ落とされていく感じがする。波が引いていくように。

 

2022.10.2

ショパンのノクターン 8番

今日から7月。都内は最高気温が37度ととても暑い。体温を超えている。「暑い」という形容詞は37度で使うのは間違っている気がする。30度くらいが、適切な暑いという使い方(だと思っている)。だから、この時代に合った新たな形容詞が生まれてもよさそうだ。

3ヶ月ぶりにピアノのレッスンに行った。レッスン日を決めないと練習しないのはいつものこと。なんでも期限を決めないとやらない。きっと誰もがそうだと思う。

テスト前に短期集中して勉強するように、ピアノの練習も短期集中型だ。平日の月から木曜日の4日間、超短期集中のピアノと触れ合い今日本番(レッスン)だった。

自分の中では、1週間前と比べたらとても、かなり、相当、上手くなっている。1週間前、音楽の流れもなかったところが流れていたり、弾けないところが少ししかない。

しかしながらレッスンに行くとあまりにも弾けていないと自覚してしまう。決して先生に「なんで弾けてないのに来たの。全然練習してないじゃん。音違いすぎるんだけど。」とか言われたわけではない。誰もそんなこと声に出して言っていない。完全なる被害妄想だ。想像と妄想は特技だが、現実ではない被害妄想はときに何も起こっていない現実を悪い方向へ変えることがある。被害妄想、ダメ、絶対。

ただ、レッスン後の私の頭の中で、それよりもっと酷い言葉が響いてきてしまっていた。

「全然弾けてないじゃん」

私の中の分身のひとりがこのセリフをフォルテで言っている。

他の分身たちは、数日とはいえ毎日練習したし、確実に弾けているところは増えたし、身体も覚えはじめたし、十分よくやったよ!と褒めてくれているのに。

ひとりの厳しい分身の言葉が気になりすぎて、レッスン後、悔しいとシンプルに思っている。

そんなわけで、レッスン直後の悔しさを敢えて忘れないようにするため書き綴っている。

切り替えが早く、飽き性なので悔しい気持ちもきっと長くは続かない。

「私ならもっとできるはず」と分身のひとりが言っているので、7月は毎日10分でもピアノ(電子ピアノだけれど)に触れることにする。

1ヶ月後には、今日みてもらったショパンノクターン8番を、自分が聴いても「弾けてるじゃん!いいじゃん!」と思えるように楽譜や鍵盤と関わるようにする。分身に納得してもらえるように。

ピアノ日記ほどまではいかないけれど、「今日やったこと」のメモ書きを毎日綴っていけたらと思う。

明日は、楽譜に小節番号をふる作業をする。レッスン時に小節番号で指示があることがあったから。

 

2022.7.1